ここ数年というもの昔の日本映画に嵌っている。特に戦後間もない1950年から60年代の戦前の人が撮った、高度成長期にさしかかるかどうかの時期の作品群に。といってもほとんど溝口健二、新藤兼人監督に限っての話だが。
先日、宮川一夫没後10年という触れ込みでNHKが特番と何作かをやっていて、今回初めて観た小津安二郎の「浮草」(1959)がすごい。これは自身の「浮草物語」(1934モノクロ)のカラーでのリメイクとのこと。そして黒澤明「羅生門」で鏡のレフ版を提案し「カメラが世界で初めて森に入った」話や、やはり世界初の「銀消し」という技術開発など興味深かった。また「ショーシャンクの空に」「オー・ブラザー!」「ノーカントリー」などの撮影で知られるロジャー・ディーキンスが解説とコメントをしていた。
なんでも松竹の彼が大映で撮った唯一の作品であり、従って宮川のカメラとも最初で最後だという。理由には諸説あるらしく、松竹の山本富士子の貸し出しの交換条件説、旧友溝口との約束説などがあるそうだ。いままで小津安二郎作品の平板さがぴんとこなくて、実は通しでちゃんと見たことが一作もなかったが、この所謂アウェイで撮った小津的に異色とされるこの作品はたいそう気に入ったわけです。
参考:http://sentence.exblog.jp/6465013/
:http://sentence.exblog.jp/1367125/
思うに監督は宮川のカメラと一度だけ組んでみたかったのではなかろうか。宮川お得意の俯瞰や陰影の深い撮り方に、ローアングルがスタイルの監督は軽々とOKを出し採用したと回顧している。(念の為、編集用に小津風のショットも用意していたそうだが使われなかったそうだ)
京都の町家に生まれ育った宮川の面白いエピソード。町家造りは間口が狭く暗い。だから明かり取りの為天窓や土間に工夫があり、その暗い中に身を置き一筋の外の光がそこに差し込むのを見るのが大好きだったという。また、子供の頃ふとした思いつきで縁側の金魚鉢に墨汁を垂らし、その逆光に透ける漆黒と紅のコントラストの美しさに心を奪われたともいう。色に対する感覚が人一倍秀でていたのだろう。
もともと小津作品には赤がモチーフに使われることが多いのだそうだが、この作品も徹底している。オープニングからエンディング迄、ほぼ全シーン・カットに必ずといっていい程どこかに多様な赤が配されている。上記リンクの「ヤカン事件」のエピソードにもあるように、深紅、鮮やかな濡れるような赤、淡い赤、くすんだ赤、朱色、日向の赤、暗闇の中の赤・・・
キャストがまた面白い。
中村鴈治郎
真正面のクローズアップ、さすが目力がすごい。
黒目がちのその眼はカメラ目線なのに微妙に外れてて・・・何処を見ているか判らない。なんとも不思議。
中途の見せ場である、土砂降りの中での軒先越しの京マチ子との痴話げんか、そのタンカは流石。
歌舞伎役者なのだから当たり前だがどの所作も堂にいってて、でもどこか可笑しみを誘うところは持ち味?
杉村春子
新藤兼人作品で昔の彼女の演技は何作か見たが、ここでもホントに巧い。
ある意味、鴈治郎とは水と油のスタイルなのだがそこがまた面白い。
がっぷり四つ、見事なキャスティング。
若尾文子
溝口健二作品でお馴染みだが、若いとき(失礼)の彼女のなんと可憐なこと。
京マチ子
鼻っ柱は強いのに、寂しがり屋ではすっぱな感じをよくだしてる。
劇中劇、彼女の国定忠治は必見ですぞ(爆
田中春男
溝口の「近松物語」でたいそう気に入った名脇役。この作品でも例によって軽い(笑
三井弘次
再発見の脇役。どっかで見た顔、聞いたダミ声だと思ったら、いろいろ出てる。思い出せないけど。
しかし、昔の役者達の豊かな感情表現、監督・脚本・スタッフの技量には恐れいります。
この作品、所謂小津的なものを求めるファンにはおそらく居心地わるいでしょうが、未見でしたらオススメ。
もうひとつ、特筆すべきは着物の柄と組み合わせの大胆で素敵な事といったら。
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再放映:BS2 12月8日(火) 午後1:00〜午後3:00
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